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インド女性への思いと犯罪心理


終わろうと思ったのに、結局考えることが止まらなかった

前記事「ここ最近のテーマから

自分の中で答えが出ていないからだ

思えば、私は子供の頃から、平等とか人権問題に対して思いが強かった

考えたことを続けて載せることにする


インドで、女性をこんなにも酷い目に遭わせても許されるという考え方が広まっているのは何故か

色々調べて、歴史的背景(戦争や侵略や宗教など)はわかったが、それでもやっぱり不思議でならない
まだ納得出来ない

何故あんなにも恐ろしい事が起こってしまったのか

何故あんなにも酷い所業が出来てしまったのか

その心理というのは一体どんなものなのか

そして、どうしたらこんな事が起こらなくなるのか

そうだ、加害者の心理を知りたいのだ

心理の仕事をしている人間だからということもあるだろうが、私の元々の止められない気質だ


階級制度をより強固なものにするための都合として、
女性を忌まわしい悪しき存在と見傚して、抑え付けておかなければならないという考えが長く続いたという

でも本来、人間は異性に惹かれるもの

その本能との兼ね合いはどうなっているのか

慣習とはそれを飛び越えさせてしまう程、強いものなのか

男から見て女性は魅力的
(私の中の男性性・アニムスを動員してもそう感じる)
特にインドの女性達は美しく感じる
生きた宝物の様な存在だろうと思う

だから女性を見付けると放っておけずに関わろうとしてしまう
本能的には触りたいのだ

だが、性行した後、肉体を破壊するというのは、どういう心理か

ただ、自分も暴行を加えられながら、恋人を必死で守ろうとした男もいる
見付かれば酷い仕打ちを受けると知りながら駆け落ちする恋人達もいるらしい

つまり、全ての男が奇行に走るわけではないのだ

よく考えてみれば、ほとんどは常識的な人間なのだろう

凶悪な犯罪は一部の者によるものということになる


いい例えではないが、庭の草取りの時のことを思い出してみよう

お尻にハサミのあるムカデの様な虫がいた
怖いと思った
胴体を真っ二つにした

虫は殺してもいい存在だと信じ込んできた

罪悪感も強くない
(でも、こうしてずっと忘れていないのは罪悪感が残っているからだ)

もし、ハサミで攻撃してきたら
もっと酷い殺し方をしたかもしれない

それに似たことなのかな

あのムカデがとても美しい珍しい形だったら
手に入れたいと思うのだろう

女性は男から見て美しい
女性の数が極端に少ない世界では尚更そう思えるだろう
インドはその社会構造により、女性が少ない
女性は男から見たら欲しい宝物なんだ

でも、手に入れた後のケアまでは出来ないとしたら
その場で手に入れて、後はゴミの様に燃やしてしまう
そういう心理になってしまうのかな

弱い者に対して、人はどんどん傲慢になる

恐ろしいが、人間にはそういう習性が潜んでいるのは確かなんだ

圧倒的格差を与えられた時、その人間に歪みがあった場合はそれが顔を出す

マイナスの条件が重なってしまった時に


被害に遭った女性達は魅力的な人ばかりだった

凶悪な男達と言えども、誘惑されるのは確かなんだ

でも、性行を遂げた後、誘惑されたことを恥じるのか

その恥を拭う為に、被害者女性を亡き者にするのか

自分のプライドを保つ為に

自分が魅力に負けたということを誤魔化すために


犯罪者の心の闇に焦点を当ててみよう

そもそも犯罪者達は、どういう人間なのか

どんな境遇で育った者達なのか

圧倒的な力を持つ階級社会の中で

人の心理はどう歪められていくのか

映画「es(エス)」
危険な心理学実験
囚人と看守の役を設定すると、人はどうなるかというお話

これの元となった
「スタンフォード監獄実験」

人は置かれた環境で、置かれた立場らしく振舞う様になっていき、
それがどんどんエスカレートしていき、本人の意思では止められなくなってしまう…

この心理とも関係あると思う


女の人を酷い目に遭わせると、いいことをしたかのような錯覚が得られるのだろうか

祭りのような?

狂気の祭り

ハイテンションになってしまう

残酷な事をすることで気分が高揚してしまうのではないか


歴史や環境に影響を受けて

何かに突き動かされるように凶行を犯してしまうのだろうか

とすると、彼等も大きな力の被害者なのか

加害者本人達も楽しいわけではないのかもしれない

弱い者をいたぶる者は、恐怖に後押しされていることが多い
彼等は社会から知らず知らずのうちに恐怖の圧力を受けているのかもしれない

狂っている社会の中にいると、常に狂気の影響を受けているのは確かなんだ

自分のいる世界に合わせようとしてしまうんだろうな


映画にもなった酷い事件を思い出した

「評決の時」だ

黒人の娘(なんと10歳!)が白人の大学生2人にレイプされ
その後残忍な暴行を受けた
娘の父親が犯人2人を銃撃した
裁判の映画だ

あの時の犯人の凶行が、このインドの社会問題と繋がる

あの犯人達はレイプの後、酷い暴行を加えたのだ

性行だけでも酷いのに
嗤いながら自分達の尿をかけ
その後、女の子を樹に吊るしてマトにして空きビンを投げ付けたのだ
(激しい怒りで、あの映画を観た後、暫くは心が元に戻らなかった)

あの犯人達の心理だろう

戦争の時に捕虜をいたぶったり
中世の魔女裁判で拷問をしたりするのと同じ

ホームレスの人をいたぶるならず者達と同じ

コンクリート事件の犯人達

いじめが行き過ぎて、凶行になってしまった者達

虐待が行き過ぎてしまった者

いたぶりという行為自体を愉しんでしまう心理

これをしたらどうなるかという興味

捕まえた虫をいたぶる幼い子供達の心理

何故、人間相手にそれが出来るのか

相手の人権を認識出来ていないからだ

自分と対等な人間だと思えていないからだ

思えていなくても、普通なら酷い行為って出来ないものだけどね

人を思いやる気持ちが欠如しているんだ

「いけないことだよ」という意識が抜け落ちてしまっているんだ

「自分がやられたらどうなの?」という意識を持たせることだ

「逆の立場で考えてごらん」と誰かが教えるべきなのかもしれない

常に、相手の立場になって考える習慣を持っているものなら、決して残忍なことは出来ないものだ


犯人が複数だった場合
仲間意識も関係ある
仲間に腰抜けと思われたらいけないという恐怖感

仲間に自分が強いところを見せないといけない

集団心理

例えば、結婚を断られた男
もしかしたら、それを聞いた周りの男達が焚き付けた可能性もある

「お前、そんな侮辱を受けて、相手に思い知らさなくていいのか?」などと
「そのまんま放っておいたら男の沽券に関わるぞ」
そういう流れも想像出来る

前に誰かの凶行を手伝ったから、今度は自分の番ということもあるかもしれない!

断れば「裏切り者」ということで、今度は自分が酷い目に遭わされるかもしれない
それは大変な恐怖だろう
自分が仲間達とやった事が、今度は自分に降りかかる…
そういう事情が絡み合っている場合もある

最初からこういう仲間と関わりを持たなければいいのだが、そうもいかない

精神的に自立出来ていない弱い人間は、そういう集団の圧力に弱い

仲間に入れば強くなった気になれる

最初は安易に関わる

深く関わってしまい、自分も加害者となってしまったら、もう抜け出せない

強い恐怖感は人を簡単に凶行へ向かわせる

そこまで来たら、もう後戻りは出来ない

段々、理由が納得出来てきた
そういう流れかと
なんて醜い
なんて脆弱な

人は、正しい心を強く持ちつづけていないといけないと痛感する


教育だ

これを防ぐには教育しかない

子供の時から
「自分がされて嫌なことは、人にしてはならない」
と教えなければならない
それと
「人は皆、平等に基本的人権を持っている」
ということも

「仲間が誘ってきても、いけない事はしてはならない」

「常に自分の頭で考えて、慎重に行動すること」

これもだ

こういう基本的なことが身に付いていない者が少数でも居るだけで
その他多くの人間の安全が脅かされてしまう
みんなでこの教えを徹底させて、お互いの安全を守り合うべきなのだ

堅物な印象を受ける結論だろうけど、これが行き着く真実だと私は思う

取り敢えず、私なりに考えた上での、現段階での答えが出た

 
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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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