Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

容姿というもの


 同じ重さのアトピーでも
その苦しみの度合いは大きく異なる

その人の価値観が大きく影響してくる

例えば、全く同じレベルの症状の人が二人いるとする

でも、その二人の苦しみ方、悩み方は全く違ってくる

あなたはどっち側の人だろう?

私は苦しみの度合いが強く出てしまう側の人間だ

それは何故か

元々が容姿重視型だったからだ

容姿というものに重きを置いている人間は
そうでない人よりも
より深く強く苦しむことになる

私は自分を容姿に囚われない人間だと思ってきた
闘病生活が長引いて殊更そうなった

実際に、私は人を容姿で判断したりしていない

そういうことをあからさまにする人間を軽蔑しているし、
なるべく人の内面を見るようにしている

でも、事はそんなに簡単ではなかったのだ

持って生まれた感覚は中々変わらない

私は自分の価値の置き所として、容姿に頼っていた

いや!誤解されては困るのだが、
元々容姿が優れていたというわけではない

容姿にはコンプレックスが強くて、
「ここが嫌だな」
「もっとこうでありたい」
「こういうタイプの顔でありたかった」
など、見た目のことに相当にこだわる性格だった

が、世間一般から劣っているという感覚は持っていなかった

周りがお世辞を言ってくれていたから、それを信じていたんだろう

だから

この世は見た目でランクが決まってしまう

そう、根底で信じ込んでしまっているのを感じる

理屈ではとんでもない

そんな事は考えていない

見た目で人の評価をするなんて大嫌いだ

人種差別も憎んでいる

人の価値は魂の磨き方で決まると思っている

でも…本音の本音を探ると、刷り込みが抜けていない部分もある

心の奥のほうでは、容姿が大きな要素だという感覚が染み付いている気がする

それが私を苦しめる

この病気では見た目が大きく下がる

普通の人のレベルに達することが出来ない
一般人に溶け込めるのが目標だ

自分がこうなって初めて思い知る

差別される側の気持ちを

ランク分け、嫌だ
こういう考え方、良くない

世の中には大きな事故や病気で
人前に出られないでいる容姿の人もいる
多くの人が知らない世界がある
そういう人達も含めて、容姿で判断しない世界を望む

ファッションは別
行動で変えられるものだから判断基準にしていい
特に目立つ奇抜なファッションは自己主張だから、
「そういう価値観の人なんだな」と思うのは当然だと思う
でも、自分では変えられない肉体的なものは判断基準にしては駄目だ

だから、
この奥深くに染み付いた呪縛から逃れたい

人の価値は見た目じゃない
心底それを信じ抜けるようになりたい

でも、物心付いてからずっと容姿を軸として生きてきたものが
それを変えることが出来るだろうか

どこかで変えたくない気持ちもある

それは、綺麗になれるものなら綺麗になりたい
という気持ちがまだあるからだ

「綺麗にならなくて結構」と迄は達観出来ない


でも、これを書いているうちに、心が落ち着いてきた

まずは自分からなんだ

自分が人をどう見るかが大事だ

人をどう見ているかが自分自身の姿なんだ

見られる肉体だけが自分なのではなく
見ている自分と、見て何を思うかが自分だ

見る相手になるのは他者だけじゃない
自分は自分のことも見る
自分が自分をどう見るかだ

ああ、肌がボロボロだなあ、病気だなあ
可哀想になあ
頑張っているなあ
でも、好きだなあ
私だなあ

こういう優しい気持ち

これが大事だね

 
スポンサーサイト

Appendix

プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

※ 当サイト内の全ての動画、画像、文章は無断転用禁止となっております。

カテゴリ

Twitter

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。