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構想検討


私の夢の様な構想に根本的矛盾が出て来ました。

人を本当に助けるということについてです。

病気で、特に自分と同じ病気と治療法で困っている人を「助けたい」という思いがまず基本にあります。
自分の苦しみから想像出来るので、少しでもそれを和らげたいと思うのです。

でも、人を本当に助けるということはどういうことなのでしょう?

その場だけ切り抜ければうまくいくでしょうか?

違います。

その人にはその先に続く長い一生があるのです。

その人の人生をご本人自らが輝かせることが出来てこそ、
ご本人にとって一番の救いとなるのです。

一時凌ぎは薬と一緒で
表に見えている症状を見えなくするだけで根本的治療とはなりません。
なんとこの状況は、ステロイドやプロトピックなどとそっくりです。
依存性が強い所まで似ています。


一般的に人を助けると考えた時、
困っている事を代わりに請け負い、その人の負担を緩和させる事に焦点を当てますよね。

金銭面やシステムなどの条件がうまく整い、助けることが出来たとします。
では、いつ迄、どのレベルになるまで助け続けたらいいのでしょうか?
どんなに助けても自立のレベルまで到達しないということもあり得ます。
その場合、一生助け続けなければならないのでしょうか?

いつ、どの段階で、その手を放すべきなのでしょう。

ここでもし良かったら「もしも…」を想像してみてください。

もしも、あなたが介護施設のオーナーだったら

例えば重い病で働けない人がいて、
その方の生活全ての面倒を見ることが出来たとします。

その患者さんは命拾いします。
そこまでは素晴らしいです。

でも、その状況に慣れさせてしまったら、本人から動き出せなくなるのではないでしょうか。

アトピーは慢性的な病気です。
怪我のようにスパッと治ってお終いというわけではありません。

「元気になってきたけど、まだ働くには自信が無い」

こういう状況が長いと思います。

でも、オーナーとしてそう言われた時、
それが長引いた時、
どうやって社会復帰まで漕ぎ着けさせてあげたらいいのでしょうか。

悩みますよね。

病人に無理強いするのは心苦しいです。

でも、本人の意思に任せておけは、全ての人が自力で働けるようになることにモチベーションを持ち続けてくれる、とは限りません。
それなのに、この件は本人の意識が何より大事なのです。

本当に難しい問題だと思います。

生活保護制度について、賛否がありますが、
そういうことも数ある中の一つの理由でしょう。

境目の見極めが難しい
何処がギリギリのラインなんだろう

私自身、この病で本当に辛い時を越えてきて
自分の事ですら境目を探るのは難しかったです。
動けそうと思って外に出ても、結局途中で立っていられなくなってしゃがみこんでしまったり、
「もう、とても無理」と思っても、出来てしまったり
工夫して細切れの時間を使えば何か出来たり
どれだけ休んでも、良くならない時が続いたり…

ある人は本当に追い込まれたらすごい力が発揮出来るのかも知れません。
秘めたエネルギーを持つ逸材かも知れません。
物凄く辛いけど、ギリギリの所を通ることになるかも知れないけれど、力を振り絞れば大きな一段を上がることが出来る人なのかもしれません。
その力を開発出来るということは物凄い宝物です。
でも、その一番頑張りどころで他者が手を出してしまったら、
せっかくの開発の貴重なチャンスを奪うことになります。
その人の能力を台無しにしてしまうことにもなるかも知れません。
それはその人の人生において取り返しのつかないことではないでしょうか。

もしかしたら…
アトピーの苦しみは、すごい能力を開発するためのスイッチの様な役目を持っているのかも知れません。
これは発想の転換としてのアイデアなので「バカげたことを」と言われそうなので、話半分で聞いてほしいところですが。
私は個人的にこのくらいの気持ちで闘病に挑みたいし、
自分の親しい方にもそういう希望を持っていてほしいですけれどね。

話を元に戻します。
本当に大事なのは、そういう時に手を貸してしまうことではなく
ご本人がうまく出来るように応援する姿勢を持ち続けることではないでしょうか?
心の支えになることではないでしょうか?

お金を支給するのではなく、来たい時にいつでも来れるトレーニングセンターの様な場所があれば仕事に復帰することを常に念頭に置けるのかも知れません。

安易にお金を支給するのは間違っているのかも知れません。
お金の支給が居住施設と物品の配給に変われば、今社会問題となっている不正受給は大きく減らせます。
そして本当に命ギリギリの人を救うことが出来ます。
行くべき所へ行き渡ります。

命を繋げられるだけのギリギリの場と必要最低限の物を提供することの方が理に適っている気がします。
常に自分の命を守ることを意識し続けられ、人としての成長にも能力開発にも役立ちます。

苦しい中でも工夫し続けることを忘れないでいられます。

ボランティア活動に関してもそうです。
一緒に作業をすることは理想的だと思いますが、
その人の代わりに何かしてあげることに関しては慎重になるべきなのかも知れません。

何故なら、そのボランティアを当たり前のことと思わせてしまうことにもなり兼ねないからです。

人間の「もっとこうして欲しい」という欲求は際限がありません。

自分を律する力の強い方でも病気をすると変わります。

元々要求の強い傾向のある人は、何か問題が起こった時に人の所為にしてしまうようになります。

思い通りにいかなかった時にそれまでサポートしてくれた人を恨んだりもします。

“もしも”オーナーとしてここまで想像してくださって、ありがとうございます。

どうでしたでしょう?
これは耐えられませんよね?
良かれと思ってした事で窮地に立つことはあってはならないですよね。

被害者意識を持ってしまった患者さんは、クレームを付けてサポート側であるこちらを訴えてきたりすることもあるかも知れません。

更に困った事に、その手の事はエスカレートします。


そして私は決めました。
私の構想では、なるべく自力で頑張ってもらう事を主題としようと。

人の持つ自力を育てることにスポットライトを当てようと

そう出来るように一緒に作業したりしながら、アドバイスしたり励ましたりします。
そういう気持ちが維持出来るように心のサポートしたいと思います。
その人の仕事を代行するのではなく、傍というより少し距離を置いた所から見ていて、頑張る精神を支えていくという形です。

でも、これは本人にそういう気持ちが無ければ不可能なので、無い方は最初から請け負えません。

その人の「頑張りたい」という意志の力と意欲を見て決めたいと思います。

自分の人生の主軸を握るのは自分ということを本当に理解している方だけに関わる…

そのスタンスを基本に持とうと思いました。

それなら現実的に可能で、自分の体調にすら自信の無い私でも、なんとか出来そうだからです。
しかも私は心理カウンセラーです。
心を支える事には他の方より自信があります。
体力や人脈や経営には自信が無くても。

今日の所はここまでです。
この構想については更なる熟考が必要です。

 
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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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