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矢面に立つ覚悟が無ければ


今から5年前の記事

中々いいこと言ってるじゃん、と思う

内容には今も納得する

所々、未熟さも感じるけど

2017.2/25

***・・・***・・・***・・・***・・

2012.3/21

矢面に立つ覚悟が無ければ
本当の表現活動なんて出来ないんだよな…と思う。

人に嫌われたくない
いい人と思われたい

だなんて虫のいいこと考えてるうちは、本当の表現なんて出来ないのかな?
とも思う。

でも、そこまで吹っ切れないのもまた“自分らしさ”なんだよね…

…悩むところだ。

一体自分は、訴える内容と人から好かれることと、どっちを優先したいのだろうか?

何かを訴えたいという思いがあっても
「人に読まれる」と意識した時点で
完全な本音ではなくなってしまう。
読む相手を色々想像したりして、
ちょっとオブラートにくるんだり、
表現を変えたり、
敢えて触れなかったり…

だから、こういう思いと戦ってまで、毒舌とも取られる本音をぶちまけられる人はすごいなと思う。
そういうのに憧れて、やってみたいと思ったことも何度もある。
でも出来ない。
ちょっとやってみても中途半端になってしまう。

世間からの批判に勝てない
実際は批判ではなくて
批判されるに違いないという自分の思い込みなのかも知れないけど。
自分自身の恐怖感や不安感なんだろうけど。

ここをクリアにしないと本当に一番言いたいことを一番ピッタリな表現では伝えられないのだろう。

訴えるには訴えるに耐えるだけの最低限の精神的な強さが必要なんだ。

内容によって必要な強さの度合いも変わってくる。
斬り込んだ内容になれば、より強靭な精神力が要求される。

どんな表現方法を選んだとしても、
結局は自分自身が露呈する様になっていると思い至る。
いつもここに辿り着くのだけど。

(★表現はなんであれ、自分の基本的考え方がもろに出る)


誰かが誰かを責めているとする。
そんな時、自分のことでもないのに
自分のことを、責められた様に感じている様な弱さを抱えてはとてもとても斬り込んでいけそうにない。
斬り込むだけは出来ても非難の声を聞いただけで潰れてしまう。

表現している人達はみんなそれを乗り越えているんだなあ…と思う。
それも表現活動とセットなんだ。
それとのバランス込みで成り立つのだなあと。

どんなにうまいことを単発で言えたとしても、基本姿勢が出来ていなければ長くは続かない。

(★基本姿勢を整えておく事が大事ってことだよね)

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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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