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めがねを掛けて見たら…


5年前の記事を読み返して、書き足して投稿し直します。

自分の書いたものなのに、読んでいて苦しくなります。

これ、人に読ませて良かったのかな
しかも長いし

でも、過去の部分はいじらないでそのまま投稿します。

今は、この頃に比べると、頰の肉全体がたるんでいる様な感じにはなっていません。

だから今、たるみに悩んでいる方には朗報です。

時間が経てば治るんですよ!

肌の色もきっとこの頃に比べたら数段マシでしょう。

ただ、これを書いている今が劇悪化時期なので
「この頃と比べたら天国!」とまでは言えません。
早く言える様になれればいいなと思います。

…ただ、相変わらず、必要最低限でしかメガネを掛けられないのは変わっていません。

これもいつか、ずっといい視力でも安定した気持ちで過ごせる様になりたいと思います。

でも、この時の様に必死に努力しようとは思いません。

読んでいて思ったのは、「かなり無理してるなあ…」です。

悪い意味で、真面目過ぎるというか、優等生だったんでしょうね。

今の方が投げやりというか、いい加減になったのかも。
(^_^;)

色んな事が吹っ切れてきたから?


2017.1/12

***・・・***・・・***・・・***・・

2012.1/25

※ あまりにうろたえて書いたので基本的な所で意味不明になっていたので追加修正しました。


めがねを常時つけておくリハビリを始めています。

ものすごく視力が悪いので、めがねをかけないで生活すると危険なのです。

それなのに今までかけずにきたのは
その危険より精神状態の方があぶなかったからです。

もう…ほんっとギリギリでした。


近視が進むと視界がぼやけます。
ピントが合うのは自分の目から15cmぐらい先まで。
その先はぼやっとした世界が広がっています。
そして遠くになればなるほどそのぼんやり度は大きくなります。
アトピーで、というか脱薬後の体の状態で、このぼんやりした世界は

…救いでした。それはそれはとても。

ヒリヒリと痛む体と心が癒されるのです。そのぼんやりした世界の中では…

めがねを掛けずにそのぼんやりした世界の中にいると
頭では解っているのですが、他の人の視線もぼんやりしているのではないかという
不思議な錯覚が生まれてきます。
本当は見えていないのは自分だけで他の人達からはばっちり見えています。
それは理解してはいるのですが、実際に起こってしまうこの錯覚は何なのでしょう。
そして、私はその錯覚に命を救われたと思っています。

あの頃めがねをかけて生活していたら…
いえ、とは言っても転んで怪我をしたりとか実際に危険があったので、これまでも何度も挑戦はしてきました。
でもやはりどうしても長時間は持たなかったのでした。

で、今回は毎日外に出て行かなければならない時期が近付いてきたのでまた頑張っています。
体調が今までよりは比較的安定してきた所為もあります。(普通の人よりは不安定ですが自分として…はということです)

で、です。

さて、私の今までの経緯を知る方なら大方察しがつくことと思います。

そうなんです。
めがねを掛けた状態で自分の顔をばっちり見てしまったのです。


わーわーうわーっ!!

です;

余りに目が悪いと鏡に向かっても自分の顔全体がはっきりは見えません。
部分的に超度アップで、例えば目の周辺とか口の横とか、限定区域でしか見えないので全体のバランスがいまひとつ掴めていないのです。
離れてみればもうぼやっとしか見えないので心に優しい見え方になっています。

買い物途中に子供を「お孫さん?」と訊かれたり、
夫に「こんなだし…」や「おばあさん」と言われたり、
化粧品販売の人に「何もつけないと大変なことになりませんか」と言われたり、
スーパーの若いレジの人になんとなく気味悪がられた視線を投げかけられたり
今までいちいち頭にきていたわけですが…

ああほんとだ、こりゃ相当ひどいレベルだわ!

でした。

たしかにひどい

皮膚が…というより肉全体が下がっている感じだ
しかも色がひどい
くすんで灰色
でも紫っぽかったり黄色っぽかったりするところもある
…ううむ、なんという

ただ顔の状態はとても不安定で(カメレオン的にその時その時で色が変わります)、結構マシに感じる時もあったりする…
といってもそれはめがねを掛けていない時だから当てになりませんよね;


ショックだーっ!


でも…この現実を正確に把握しないと駄目だ

と思い直します。

目を背けたり、幻想の世界に逃げ込んだら
目の当たりにした時、その度に激しいショックを受けることになる…
これまでも度々それで心が掻き乱されてきました。
今回だってそうです。

立ち直れないほどの打撃を受けることになります。
何日も悩んで心が不安定になっていました。

そして、そういう時というのはとても弱くて危険な状態になってしまうのです。

外敵の攻撃に簡単に負けてしまう

だからそれを避けて
常に強靭な状態を確保する為にも現状把握は必要だと思います。

それに!私には勝算があるんです。

なぜなら、腕の関節の内側も相当ひどかったからです。
シワシワどころか肉がどうなっちゃってるの?状態。
それが今!とても普通に近付いています。

でもその腕も治る前は一旦見た目的にはひどい時期が来たのです。

だから顔も今がその時なんだと思います。

だから絶対に大丈夫!(これ、必死に自分を励ましていますよ!)

ある程度の期間、ひどい状態が続くのはつらいのですが、これを乗り切らないと前には進めないので仕方が無いですね。

それにね、
今の状態を正確に認識しないと自然治癒力を助けるイメージングの効果が薄れます。

正確に治癒のイメージングをする為には
今の状態をなるべく正確に把握しておく必要があるのです!

…なんか焦って勢い込んだ状態が文章からもにじみ出ていますよね;

そのくらい今回のめがねをかけての鏡との対面はキツかったということです。

でもこんな事も思います。

もっとひどい時
人から「危険だからめがねをかけろ」とどんなに強く言われても
苦痛なだけだっただけだ…と。
そして親切で言ってくれても相手に不快な感情を持ってしまっていたのだろうな…と。

冷静に考えれば愚かなことなんです。
すごく自覚しています。

でも、そういう時は駄目でしょうがないと思いました。

本当に現実を受け止め切れなくて死にばかり憧れていましたから。

でも時が経ち、状況も変わって、出来る時がくれば人はやるんです。

だから、現状を見守るしかない時って長い人生の中にはあるんだなあと思います。
はたから見ればどんなにバカバカしいことでも…

まあ、大怪我せずに済んだからこんなことが言っていられるわけなんですけどね。

でも、自分以外にこういう人がいたらなんてアドバイスしたらいいのか悩みますね。
何とか危険が無く、でも精神的にも楽な状態でいてほしいですもんね。
やっぱりあの頃自分がしてほしかったことをするのかなあ…

2012.1/25


追記:2012.1/26

昨日の記事を振り返って…

なんか自分で自分が

「嫌だなぁ、浅はかだなぁ」

と思います。

見た目を気にしない人間になりたいのに
やっぱりすごくこだわっている。
このこだわりから結局は全然抜け出せないでいる。

「普通に見える」ってことにこだわっている

じゃあ“普通”ってなんなんだ?


今、脱薬直後の人があれを読んだら
「普通に生活できるくらい回復しているくせにそんな事ぐらいで何だ」
と、嫌な思いをするかも知れません。
配慮に欠けるのでは?とも思います。

いつも
「年齢にこだわらない」
「見た目にこだわらない」
そういう、何か物の解ったようなお題目を掲げているくせに
見た目にこんなに一喜一憂してしまう自分。

もっと出来た人間になりたいのになあ…

  
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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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