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人を褒める側になるということ

特殊清掃というお仕事があります。

事件や事故、自然死、自殺など、人がなくなった後すぐには発見されず普通の清掃では手に負えない状態になった場所をキレイにするという無くてはならないお仕事です。

私はこのお仕事をされている方のブログに一時期、
そう、自分が死を意識していた時のことでしたが、
とてもはまり、毎日過去の記事を読み続けました。

その中でふと気になる文章を見つけたのです。

最近、現場に大量に落ちているおがくずの様なものがある。
これは何だろう?

その様な内容でした。

アトピーの方ならもうお気付きだと思います。

それは例のものだと思います。

人の皮膚の残骸、落屑でしょう。

でもそのブログの方はアトピーとは無縁であったため、それが何なのかわからなかったのだと思います。

つまり、アトピーで人知れず孤独死し、そのまま暫く誰にも気づかれることなく時間が経ってしまう人が最近増えているということを表しているのです!

やはりそうか…と胸が打たれました。

同じ病で余りの苦しさから自殺する人がとても多い中、私や仲間達はよく耐えて頑張っていると思います。
それだけでもすごいことですよ。偉いです。
褒められていいことだと思います。

ただ人はみんな自分のことに必死だから、
誰か苦しんでいる人に目を留めて、更にそれを褒めている余裕など無いのだけれど。

褒める側、褒められる側…
気を配ってもらう側、気を配る側…

先日親戚の集まりの中でも賑やかに談笑する人達を眺めながら、ふとこの事を思い立ちました。

自分が“気を配る側”に回ってみるという発想に。

去年あるホームパーティに招かれて、パーティの主催者の女性を見て、その接待役の完璧さを見て惚れ込んでしまいました。
まるで欧米人のパーティの女主人の様でした。

同時にマザーテレサのことも思い浮かびました。
いつも自分が世話をする側でいるということについて。

更に自分の幼稚園時代の先生のことも思い出しました。
優しい先生で、引っ込み思案な私に目を掛けて可愛がってくださいました。

このお正月、私は親戚の集まりの中で完全に声を掛けてもらう側の人間になっている自分を感じていました。
自分から世話を焼く側には回れませんでした。
幼い子供をみている事で手一杯なのと、自分の体調も良くなかったのもありますけど。

でもそれだといつもホスト役の人の声が掛かるのを待つだけの人になります。
気に掛けてもらう側のお客さんの立場から抜け出せません。

そしてそれは私にとってはなんとなく居心地が悪いのです。
落ち着かない感じ。

いっそホスト(接待役)側に回ってしまったほうが楽なのではないかと感じました。

全体を見渡していて、一人寂しそうな人を見付けたらこっちから声を掛けに行く。
気を配ってあげる。

誰かの世話を待つだけより気持ちが楽になれそうです。

つまり
人から目を止められ、褒められることを待つのではなく、自分からは褒める人を探し、褒めて回るという役目を担うということです。

まあ、癖なのか掲示板などネットの世界では知らず知らずにそれをやっていますけどね。

それを物質の伴った世界、ネット世界に対して“リアルで”とも呼ばれますが、現実の世界でもそれをやるということです。

ただそれには自分への自信と体力が必要です。

その為に頑張るっていうのも面白いかな…と。

これが自分のモチベーションになるならそれもいいかも知れないなと思います。

ひとつの目標ですね。

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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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