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「我思う故に我あり」

この世の理が
(一般的には「天が」と書いた方が伝わり易いですね)

この世の理が私に与えたメッセージは何だろう?

天が私に与えたメッセージは何だろう?

それが知りたいと思うのです。

身に降りかかる色々な事柄、
それらには因果関係が必ずあります。
複数が複雑に入り組んでいてとても見え難くなっていることも多いですが、あります。

その謎解きをしたい。

そして自分なりの答えを出して進んでいきたいと思っています。

何を教えてくれようとしているのか。
その解釈が自分を作っていくのだと思います。
解釈に至る過程と解釈自体が。

そうやって思考すること自体が私自身です。

ふと回想します。
デカルトの名前を知ったのはいつだったでしょう。
時期はよく覚えていないのですが、学校の社会の授業中でした。
教室の風景が浮かんできます。
あの感じは中学生なんでしょうか…
もっとじっくり記憶を辿り、それを元に調べれば時期もわかるかも知れません。

その時からずっと心にあり続けている言葉
「我思う故に我あり」
何かあるごとにこの言葉を意識します。
これはその時その時で深まってきたのです。
いつもずっと隣にあった感じです。
思えばこの言葉と、私の中にあった私らしさとが出会った時、強烈にスパークした気がします。

思考そのものが私自身です。

私がよく思い浮かべるイメージを紹介します。
会社でのプロジェクトチームについて考えます。
人員をかき集めてプロジェクトを立ち上げます。
そのチーム自体が人間だとします。
そしてその企画が終了すれば人員はまた解散します。
これが人の死とします。

そして、会社の場合だと新しいプロジェクトチームへ編成し直されます。

つまり、
イベントを実行する為に組まれたのが肉体で、
イベントは人生です。

こんな例えでピンときてくれる人が居るかどうか微妙なところですが…

もうちょっと書いてみます。

細胞一つ一つがプロジェクトチームの中の一人一人で、組まれたチームは一人の人間。
そこで行われる仕事が人生に当たるのです。
(本当は細胞というと語弊が有って、もっとミクロな世界なのですが、分かりやすさの為のニュンスとして汲み取って頂けると有り難いです)

肉体は企画の為に組まれた借り物です。
中で行われる仕事、企画、プロジェクト自体がその人、
つまり思考を含める行動自体がその人そのものと言うことです。

肉体はとても大事なものです。
でも、そこで行われる思考や行動はもっと大事なものなのです。


こんな風に考える人、他にもいるかなぁ?

もし、いらっしゃったら是非教えてください。

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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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