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愚痴というものについて

愚痴って聴いて貰えないほうが却っていいのかもしれない。

私は愚痴を聴いて欲しいと思っていた。
ものすごく思っていた。

吐き出せる場所が無いのはストレスが溜まるからよくないと思っていた。

でも、
聴いてもらえてしまうと
そしてそれで満たされてしまうと
人はもっと愚痴を言うようになる。
果たしてそれはいいことなのだろうか?

もちろん、愚痴を心に溜めたまま我慢するのはよくないと思う。

でも、愚痴をどんどん作り出して吐き出して垂れ流すより
愚痴の元を絶つ工夫をした方がもっといいんだよね。

自分の愚痴だけでなく、人からの愚痴も聞かない方が賢明なのかもしれない。

私も話を聴いて欲しかった相手に
「私は愚痴をいう人嫌いなの」
と、突っぱねられたことがあって、それはそれで角が立つと思けど、あの人のやり方は生き方としてかなり正解に近いかもしれない。

愚痴を言う人というのは
聴いてもらえる人が居ると
どんどん言ってしまう。
そしてそれは何処からかわざわざ作り出してしまう様にもなるかもしれない。

それは、その人にもよくないし
自分にもよくないのではないだろうか。

人からの愚痴を聴いていると
…これを書くのは抵抗があるが…一種の楽しみがあったりするんだ。麻薬的な。
それは“人の不幸は蜜の味”という様なものではなくて、
人の不幸の物語りの中にドラマ性を感じて本を読んだり映画を見たりする様に“謎解き”に夢中になってしまう。
そして相手の聞かない方がいいようなことまで知ってしまう。
確かに興味深いし発見もある。
自分の作品のネタにさえなるかもしれない。
でも…
人の不幸な話を面白がるのは絶対に止めた方がいい。

自分が汚れるからだ。

その弊害は実はかなり大きい。

私は人の愚痴をよく聴かされる方だ。
生業にしていたこともある。しかもかなり長いこと。
実はカウンセリングの資格を持っていたりする。
だから人の話の聴き方には自信がある。
元々の気質もそうだったし。

それでも、いや、だからこそなのか…気を付けなければならないと思う。

愚痴という不幸を作り出さない為に。

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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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