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この世界を愛すること

前に「この世を愛そう」などと前向きめいたことを書いたけど、
(記事 オシャレが嫌いでした
これ迄の短くない人生の中でこれが出来てこなかったのもこの根底にある恐怖感と関係があるからかも知れない。
心の大元に恐怖があるとすれば、自分の居る世界を愛するのはなかなか難しいもんね。

愛

じゃあ愛が生まれる前には何があるだろう?
信頼、安心。

自分の物だと愛せると書いた。
それはつまり、完全に自分の所有物であれば自分を裏切らないという絶対的な安心があるからということでは?

でも本当にそうか?

私はかつて人を愛したことがある

今も我が子を愛している

何故か?

色んな要素はあれど、省いて省いて究極に単純化すれば、
自分を愛してくれているし、この先もずっとそうだろうと思えるからという所に行き着く。

つまり
自分を愛してくれているからだ

ってことはどうだ?
この世は私を愛してくれているだろうか?

今までギリギリの所で救い続けてくれているから結構愛してくれている気がする。
でもやっぱり“あの長く苦しい惨めな地獄”をみせたのだから信じられないという思いもある。
大半の人が一生味わわないで済む様な酷い地獄を味わわされた。
しかもまだ完全に終わったわけではない。
不安はずっと続く。
そういう意味では憎い。
やっぱり信じられない…と。

そうだ、私はこの世を恐ろしい所だと思い込んでいる。
少なくとも愛に溢れた素晴らしい世界だなどとは思っていない。
厭世的、そう、ペシミストなんだ。

不幸な事故に見舞われる人、災害に遭う人、残酷な事件の被害者になる人、戦渦に生まれた人…
人が絶対に苦しむようにこの世界は出来ている、と。

でも…
それでもきっと
そういう目に見える表向きなことではなく、愛してやまない素晴らしい面も持っているのだろう。
まだ傷が癒えていない今の私にはあまり見えてはいないけど。

だとしたら
やっぱり心底この世を愛せるような素晴らしい体験をしたいな。
折角この世に生きたなら、この世にいる間に。

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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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