Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年を取るほど美しい(2)


昨日の記事「年を取るほど美しく」とのセットになっているものがあったので
引き続き、このテーマに取り組みます。

下にある約6年前の記事を元に書きます。

「いい顔っていうのは、シワの無いつるんとした顔じゃないんだ」
っていう言葉は
写真家の荒木 経惟(アラーキー)さんの言葉でした。

当時、ネットで検索していてヒットしたと思います。
多分当時物凄く気にしていた「シワ」についてあれこれ調べていた時だと思います。

「おお!」と思いました。
『探していた言葉に出会えた!』という気持ち

しかも、大物写真家であるこの方が言ってくれれば
その言葉には重みが増すと思い、嬉しかったのです。

昨日の記事を書いていて、我ながらいいなと思ったことがあります。

「 年を取るのがこわいのは、そういう魅力的な人達を知らないからだ
 そして、そういうものの見方を見方を知らないからだ 」

ここです。

美しさに気付けるには、そういう見方を知っていないといけないのです。

その見方に到達出来る為には、それ相応の経験が必要です。


素晴らしいものを素晴らしいと気付ける様になる為には
乗り越えなければならない沢山の試練があるのです。

形は形だけで独立しているのではなく
見る側の心の豊かさが重要なのです。

そうハッキリと気付けました。

この気付きは、私を支えてくれると思います。


2016.12/22

***・・・***・・・***・・・***・・

2011.2/17

またこのテーマについてです。

「いい顔」は造作の綺麗なシワの無いつるんとした顔のことじゃない
年輪が刻まれた人間味のある顔のことだ

これ、とても美しい考え方だと思う。
理想だなと。
これを心底信じられたら、もっと幸せになれるんだろうと思える。
年を取ることを喜べる自分になれるだろう。
だけど…だけど、
実際はどうなのかなと疑ってしまう私もいる。

例えば目の前に、プロによって美しく撮影された、多くの人達の中から選び抜かれた若さ溢れるモデルの写真や映像などを見た瞬間、理想を信じたい心が簡単に揺らいでしまうのだ。

それが鍛え抜かれたプロの仕事の技術力と言うものだろう。
でもそれでも、やはりありふれた日常の中にある深みのある年輪をより美しく感じていたいものだ。

でもその心の敗北感、
私がそのありたい理想を認めることを拒んでいるだけなんじゃないのか?

私の未熟な心の問題なんじゃないのか

もうそろそろ、その考え方から脱していいのでは?
それだけの年齢にはなってるでしょう?

この心の闘いはまだ続きそうだ。
でも、最終的には「こう感じたい」という理想的な考え方の方を勝たせるつもり。
生き物としてその方が理に適っているし、命を、長く生きることを喜びに感じていたいから。

折角生きているのに、生きることを心底喜べないなんて勿体無いと思うから。


追記:

本物を感じられないのは
感じる力が未だ無い所為かも

自分の大好きなお婆ちゃんを
美しいと思わなかったか?

思い出してみると…
美しいとかそうじゃないとか、
そんな感覚は簡単に飛び越えて
超素晴らしかった!

視覚的な要素だけじゃなく
圧倒的な存在感として

ああ、これか
視覚だけで捉えていたら駄目なんだ

五感全て、いや、第六感まで入れて、自分の持てる感覚全てを使って感じることが
本物を感じられる鍵になるんだ

 
スポンサーサイト

Appendix

プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

※ 当サイト内の全ての動画、画像、文章は無断転用禁止となっております。

カテゴリ

Twitter

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。