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年を取るほど美しく


いいねえ
「負け惜しみじゃない」と言いながら必死なところが
可愛くも感じられる

下にあるのは、6年にちょっと足りないけど、そのぐらい前の記事

それを読んで感想を書いています。

ああ、この時から私は6才も年を取ったんだ

理屈をこねてはいるけど、
内心、この頃は幾つぐらいに見られるかってことをかなり気にしていたからなぁ…

でも、言ってることはその通りだと思う


周りの同年代の人は年を気にし始めるようになってきたみたいだけど、
私の場合は体調回復と共に少しづつ元気になってきているから、逆に前より若返っているかも
(これは自称だから全然違うかも)
そういう点では、絶望感が少なくていいのかも知れない

今、私には年上のお友達がいる

自分の親と同じ位の年齢の人もいる

でも、チャーミングだ
特にお洒落だとか、若作りってこともない
ごく普通の年相応の女性達だ

可愛い人だと嘘偽りなく思える

これは私の美的感覚だから、マスコミ受けするような綺麗さではないかも知れないけど、
心根の良さがその存在にそのまま表現されているという感じの魅力

年をとるのがこわいのは、そういう魅力的な人達を知らないからだ

そして、そういうものの見方を知らないからだ

若いピチピチの人達の中にいると比べてしまうのかも知れないけど

世界は自分で思っているよりずっと広い

まだまだ知らない世界もいっぱいある

丁寧に、楽しく、年を重ねることを味わえばいいんだと今では思っている


2016.12/21

***・・・***・・・***・・・***・・

2011.2/7

「年を取ると醜くなる」なんて考え方は浅いと思う。

本当は年を取れば取るだけ美しさが増すのだ。
これは負け惜しみなどでは無い。

最近その事に気付けた。
「美しい心」というテーマを考えるようになってからだ。
ありがたい副産物。

以前からそう思いたいと言う気持ちはあったんだがどうしても凝り固まった固定観念が邪魔をしていた。

私は20歳頃、年を取って若々しい女らしさが無くなるなら、その前に死んでしまいたいなんて思っていたし、口に出して言ってもいた。

浅はかだったし、年齢を重ねた人達に対してとても失礼だったと思う。

それにこの考えのままで進むと自分が苦しくなってくる。
今、これに気付けて本当に良かった。

年を重ねることが人を醜くくさせると思い込んでいるとしたら、それは刷り込みだ。

長い間、何度も何度もそう刷り込まれてそう信じるようになってしまったのだ。
その中にはいい思い出や嫌な経験も含まれている。
そうやって何度も上書きされていく。

幼い頃のことを思い返してみよう。
まだ物心ついたばかりの頃のこと。
思い出せるギリギリの一番幼い記憶。

人の何を見て美しいと感じただろうか?

年月は生き物をどんどん磨き上げていく。
深みを増すことは短時間では絶対に無理。
そして、簡単じゃない。

まだまだわかっていないことだらけな私だけど、この考え方の方向性だけは間違っていないと思う。


追記:

「若ければ若いほどいい」
と言う人もいるが
それはある種、食べ物を見るように人間を見ているのだと私は感じている。

人間には肌の質感以外の要素が沢山ある。
新鮮さが大事な食べ物とは違うのだ。

「若ければ若いほどいい」という様な考え方の人にほんの一時的に求められたい人などいるだろうか?
先のことを考えられる人の中に。
その場限りのものは若さ故の美しさを賞賛されたりして楽しいかもしれないけれどお遊び。
深い人間関係では無い。
お遊びを本物の愛だと思ってしまうと後で苦しむことにもなってしまう。

若さを求める人は
求める対象に若さが無くなれば
またもっと若いものに心が移っていく。

心の繋がりを求める人が本当に欲しいのは息の長い深い愛情の筈。

それを得易いのは心が深く豊かな人。

 
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プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿継続中です。
現在は別のサイトで心理カウンセリング事務所を経営しています。

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