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悪い姿勢の経緯

「巻き肩」

姿勢について調べていたら、こんな言葉に出くわしました。

「巻き肩」という言葉があるんだそうです。

「巻き爪」なら聞いたことありましたけど
それが「肩」

確かにイメージしやすいですよね

肩が前に倒れこんじゃってるんですね

巻き込んじゃってる感じで

ああ、私、これだわ…

胸とかが勝手に引っ込んじゃってる

それに加えて

「いかり肩」

なで肩の反対です
真横に尖った感じです

これね…

色々な要因が長年に渡って積み重なって出来てます

子供の頃から臆病で…というか
親が厳しくて毎日の様に激しく怒られていたので
いつ怒られるかゲンコツ食らうか(母の名誉の為に補足したいのですが、昔はゲンコツは当たり前の時代なので、今とはちょっと事情が違います)ビクビクしていたという感じで
背中を丸めるような
自分を守るような体勢ですね

ある時から胸が痛い事が重なり
それを庇うように胸を凹ます姿勢に拍車が掛かり

アトピーで首が酷くなってからは、首や肩が動かせず、なるべくそれを人目から隠す様にしていたので首をのばすのと逆の方向で、首を肩に埋めるようにしていました。
カメが首を引っ込める感じですね

あと日頃からとても疲れ易いので
首が前に倒れ、顎が前に出てしまっています。
これ、見苦しくて、偉そうな態度にも見えるし、すっごく嫌なんですけど、気付くとこれになっています。

これら全てを総合すると、
自分のガチガチに硬くなって角が尖った肩をヨイショと背負ってる感じです。
最後の仕上げに顔が前に出てる、しかも顎から

それを写真で見せられちゃったんです
「あなた、いつもこうよ」と

ショックですが、見せられて良かったんです
気付くのが遅れれば遅れる程、治すのは厳しくなる

この悪い姿勢は、アトピーが酷かった時にガッチリ定着したものなんですが、
体を動かす時、肩の力を使って体全体を動かす感じです。
何をするのも肩の力を使う感じ、
四角いロボットとか、フランケンシュタインとかをイメージするとわかりやすいと思います。
こうしないと余計な部分が動いてしまって
皮膚が引っ張られたり、乾燥部分はひび割れたり、刺激を受けて湿疹が広がるので
それを最小限に抑える為にそういう癖が付いてしまいました。
肩から動かすと、発作的な湿疹を少し抑える事が出来たんです。

そして最近ではスマホです。

背中を丸めて背もたれに寄りかかり、スマホをいじっている時間が圧倒的に長い

これらの事の影響が長年に渡って定着してしまっています。

長年の習慣に打ち勝つには相当な力が必要です。

気が付いた時にだけ姿勢を良くするぐらいでは追い付かない
という事が、この一年で証明されてしまいました。

逆に言えば、これを直せたらスゴイってことです。

もう頑張るしかありません

「あんなに酷かったけど直ったよ!!」と報告したいので、それを楽しみに頑張ります。

「こんな歳とってからでも、こんな酷い状態からでも治るんだよ」
というケースを知れば、嬉しい人もいると思うんですよね。
私自身そういう情報を探しまくるほうなので。

そう思うと気力が湧きますよね。


▼追記です▼

姿勢が悪くなったのには、心理的な問題もありました。

姿勢を正して胸を張ると、なんだか

偉そう?

な感じがする気がしたのです。

「謙譲語」という言葉がありますが

私は自然に

「謙譲姿勢」を取っていたのです。

私がアトピーが酷くもなく、自分の容姿に自信があったなら
姿勢を良くすることに対する抵抗はもっと少なかったでしょう。

でも、現実は残念なものだった

「こんな私が姿勢を良くしたら、生意気に映るんじゃないだろうか」
「“こんな人の癖に”と思われるんじゃないだろうか」

そう感じていたのです。

だから
へりくだって、

「私は自分の分際をわきまえていますので、どうか皆様、お手柔らかに…」

そんな下級意識が働いていました。

こんな卑屈な自分が凄く嫌です。
情け無い

でも認めたくないけれど、本当のことなのです。

こういう“負け姿勢”も変えていかないと、多分姿勢は治せないでしょう

今でも姿勢を良くしようとすると、人目が気になって足枷になっているのを感じます。

「あの人、急に姿勢を正しちゃったりして、
そんな事しても無駄なのに」
と、嗤われそうな気がしてしまう…

でも、実際は思いっきり姿勢を正しても
傍目には全然普通
特に姿勢を良くしているようには見えません。
それ位の力を加えないと、この悪い姿勢を普通に近付ける事は出来なくなっています。
「アトピー肌について悩むより差し迫った問題」と以前に書いたのはそういう訳です。
肌より骨の方がより重要度が高いからです。

まあ、姿勢が悪くなる一番の原因になっているのは、一人で寛いでいる時の姿勢。
人がどう見るかは言い訳にしか過ぎません。
先ずは長時間過ごしている時の姿勢を正す事からです。

肩、首、背中、お腹、身体のあちこちが痛くなりますし、エネルギーを相当消耗するので、とても疲れます。

よく、「疲れるのは間違ったやり方をしているからだ」という情報も耳にしますが
一般的にはそうかも知れません。
特に若い人や子供はその傾向が強いかも知れません。
ですが、私ぐらい年季の入った筋金入りの悪姿勢になると、それでは済みません。
力を入れないともう元に戻せません。
本当、キツイです。
これで生活し続けるのは至難の技です。

それでもアトピー闘病よりは断然マシです。

アトピー治療はどんなに頑張っても大波は来し、良くなるかは自然に任せるしかないけれど
姿勢は自分の力で動かせるものです。
それだけでも全然違います。

「あれを乗り越えたんだから、これも乗り越えてやる」

そういう気持ちで頑張ろうと思います。

新たなショック!

肌のことにばかり囚われていたけれど
もっと差し迫った問題があった

姿勢だ

姿勢に関しても、このブログで随分昔から書いていた

姿勢修正にも取り組んできた(過去記事もある)

でも達成ならずだった

一年前、何気なく立っていた所を写真に撮られた
(子供が撮ったんですけどね)

愕然とした

姿勢が酷過ぎた

いつの間にこんなことに?

アトピーが酷くなって写真には極力写らない様にしていたが
「どうしても」と言う時は
気合を入れて写るようにしていた、反射的に

だから自然に姿勢も気を付けていたのだろう

ところが不意打ち

構えていない時の姿こそがいつもの姿なのである

他者はその姿を見て私を認識しているのだ

ところが当の私は自分の真の姿を見ることがなかったのだ

不意打ちを食らわされる事はそれまでほとんどなかった

「なんと!なんと!」である

「わー!ちょっとこれ、酷くない?!」

「いや、いつもと同じだけど?」

「 …… 」

そうだよなあ…、他者はこれを普段の私と見ているんだよなあ…

これが私なのか

鏡の中にグッと気合を入れて構えて映っている私は
私だけが見ているもの、言うならば、幻
実物とは全く違うんだよな

肌もさることながらだが、姿勢は遠目でもわかる

「これはない…」


ということで、この一年間、今迄になく相当頑張って修正してきた

…つもりだった

この言い方、そう、もうお分かりいただけると思うのですが

無駄に終わったのである!
(ここ、「ザシュ!」っと、刀で斬り倒されたイメージで読んでください)

全然改善されていないー!

それどころか、前より酷いかもー?

どんな感じなのかと言うと

明らかに老婆なのです。しかも、くたびれた感じの。

見るからに疲れてるんですよ
表情も変だ
笑ってるけど、なんか引きつってる

「そりゃ違うだろう!」と
もっと自然な笑顔じゃないと、人は気分悪いだろう

今迄は肌のせいで老けて見られるのだとばかり思っていましたが、そうではなかったようです。
姿勢のほうが老けて見させている

他所の子供から「あのへんなおばあさん誰?」と言われて「酷い!」とショックを受けたことがありましたが、これでは無理もないです。
本当にそうとしか言いようがないからです。

「でも、あれからは結構時間が経っているし、今ではそこまででもないだろう」

と思っていた矢先の事です。

現実は残酷です。

アトピー闘病中何度も思ったことではありますが、この世はどうやら私をこの苦しみから解放するつもりはないようです。

ショックで打ちひしがれそうです。

しばらく立ち直れそうにありません。

でも、自分に出来ることをやるしかないです。
また頑張ります。

最初からやり直しですけど…


▼ここから追記▼

姿勢を治すこと

あれから過去の記事を見てきたら
結構熱心に取り組んでいたじゃないですか
しかも7年も前に

今度こそは失敗したくないので理論的に取り組みます。

まず、この一年かなり頑張ってきたのに成果が無かったことについて考えます。

敗因を洗い出さなきゃです。

うーん…

やっぱり

長時間のスマホでしょうね

だめじゃん!!!

そうなんです、駄目なんですよー

幾らそれ以外の時に意識して頑張っても
スマホの時間が長かったら帳消しなんです

スマホ使用中の姿勢はひどいものです。

それに、眼の事もありますしね(緑内障)

やっぱりです

スマホから離れないといけないようです。

「これだけは、これだけはー…お代官様!」

という感じで自分に甘くしてきてしまいましたが、もう許されません。

今後文章はPCで書くしかないでしょう

でも…パソコンってどうも調子が悪くなりやすくってダメなんですよねえ

いやいや、ここはそんなこと言ってられないようです。


やります。

早速、PCから投稿してみました。

ああでも、続けられるかな…

  

目の周りのシワ

また、過去の記事から引っ張ってきました。

目の周りのシワ、大分良くなりましたよ!

確かに時間は掛かっちゃいましたけどね。
(7年8ヶ月)

前は本当にひどかったんですよ。

瞼も「しわしわ」と言うより「しぼしぼ」という感じで

目の下のシワも多かったですね。

それから考えると、今は随分いいです。

目と目の間(鼻の付け根)の横ジワはまだ残ってますが
日によって薄い時があります。

あと、顔のシワで気になるのは
口の上、鼻の下の部分と
アゴ、特に両サイドです。

ここはピーク時、乾燥してガジガジに固くなって、更に動くことでヒビ割れを起こしていたんですが
それが長引いちゃって定着しちゃったみたいです。
このシワ群がどれくらい薄くなるのかわかりませんが
気長に待ちます。

当時、探していた記事に、ようやく出会えたんですね。

自分の問いに自分が答えた形で。

これが本当の「自己完結」ですね。

2018.10/10 7:16
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2011.1/28

目の周りのシワって長く残りますよね…
他の所はかなりシワ無くなりましたけどここはね
一番多くプロトピック塗ってた場所だしなぁ
ネットの掲示板でも同じことで悩んでる人が結構います。
ここから先はどうなっていくんだろう。
回復の早さとか気になります。
探しているんですが
辛い状況の記事は割と多いんですが
「あともう少し」って所の記事は少ないので。

汗が出やすい体質に変化した

汗が出やすい体質に変化したのです。

もう長いこと、汗が出にくい体質でした。

それが2年位前からだったかな

段々、出るようになっていって…

去年辺りからは猛烈に出るようになったのです。

それはもう、ポタポタと滴り落ちます。

夏、洗濯物を干してる時なんかもう大変

その作業だけで一度着替えないといけないくらい

そして、汗の出方と連動する様に、肌はどんどん良くなっていきました。

2018.10/6 18:33
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ここから下は過去記事です。
これを見て、今日の記事を思い付きました。
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2010.12/16 16:12

汗をかくことが皮膚の回復には必要だ

そして、脱プロトピックを乗り越えるには脱ステロイド以上に汗をかくことが鍵の様だ

汗のかき初めの時期は物凄く痛い
痛いんだけど…
これを乗り越えると肌の強さが一段階上がる

私が自分で体感したことだから他の誰にでも共通するとは限らないけど
様々な情報から見て、おそらく間違いないだろう

 

いざとなると

相変わらず、過去記事を読み直しています。

「おかしい所は修正する」と前回の記事でも書いたのですが
いざとなると消せません。

当時は当時として記録しておきたい気持ちも出てきます。

「あらあら、こんな事 書いちゃって〜」
とは思うのですが、それもまた愛おしいような…

バカな事に時間を使っていますが、役に立つこともあります。

当時、一生懸命やっていたアトピーの改善法など
今はすっかりやっていない事ももあります。
一時的に効果があっても、その後は全くということもありました。

昔 気付いたことで、忘れてしまっていたことで、今に役立ちそうな事を思い出すことも出来ます。

そういうものが今の自分にプラスになればと思っています。

過去記事を削っています。

今、読んでいて「これはマズイな」と感じる文が結構あります。

8年も経つと随分変わるものなのですね。

幼いです。(その当時も既にいい歳だったのに)

あとは、自分で読んでも意味不明のものとか。
説明が足りなかったんですね。
「そこん所を書いといてくれなきゃ」
と、自分でツッコミを入れてしまいます。(^_^;)

見つけ次第、修正します。
もしくは一旦非公開にします。

ですが、少しづつなので変な所が沢山あると思いますが
もし運悪く見付けてしまった方はお目こぼしください。


今、読み返しています。

寛解の記事を挙げてからこのブログでの過去を振り返ることが多くなりました。

それまで暫く、このブログから離れていました。

一時期は毎日、しかも一日のうちに複数回記事を出すこともありました。
ぴったり張り付いているような状態でした。
ある時、思い立ってゴッソリ削ったので、その時の記事はほとんど残っていないのですが、日々思いつく事を何でも書いていたと思います。

それだけ現実が辛く、ここが救いの場所になっていたからです。

最近、古い記事を読み返したりしていると
病気がひと段落したからか
時間を置いて一歩引いて見ている所為か
随分冷静に見ることができます。

過去の自分を分析したりしてしまいます。

記事の中の事は、この病気だからこその事なのか
私と言う人間の特殊性なのか
勿論混合なんでしょうけど
「バカな事を書いてるな」と思うこともあれば
「鋭いじゃん!こんなこと書いたんだっけ?」と感心することもたまにあります。
ごくたまにですが。

病気の所為だとばかり思っていたけど、実は前からもあった傾向だったり
自分の事ながら発見もあって、じっくり考えたくなる事が沢山出てきます。

この散漫な状態をこのまま放置するのではなく
何かまとめの様なことが出来たらいいなと考えています。

和解

数日前に挙げた記事です。

でも次の日読み返して、
「こんな記事、読みたい人がいるんだろうか?」と
急に恥ずかしくなりました。

アトピーに関するブログで、それとは関係の無いこんな個人的な内容を出して、
人から一体どう思われるか
色んな人の感想が思い浮かびました。

「こんな一人語り、読みたくないよ」
「何勘違いしてんだ?」
「アトピーのブログだろ?アトピーに役立つ事書けよ」

その想像の中での感想の数々に打ちのめされて、非公開にしました。

でも、人から見るとつまらないくだらないものでも
書くことで自分の問題が前に進むことにも気付きました。

再度公開することにしました。

過去に散々、恥ずかしい内容を書いてきて、何を今更です。
心境の変化なんでしょうね。

あの頃は長く続く闘病がとても辛くて、今よりずっと恥知らずだったんでしょう。
まあ、暴力的な程、書きなぐりましたよね。
あまりに酷いものは消してしまいましたが、まだ所々に残っているかも知れません。
苦しさを紛らわせることに必死で「それどころではなかった」という感じだと思います。
なぜ「思います」と遠回しなのかと言うと、その感覚も今は薄れてきているからです。

その時の気持ちはその時にしか書けないのだと感じます。

あんなに辛かったのに、もう過去のことになり始めています。


以下、2018.9/23に出した記事

***・・・***・・・***・・・***・・・

ある人と和解が出来ました

長年のわだかまりが解けました

それによって、他の問題も次々消えていくような感覚です。

その問題が私の抱える問題の大元になっていたからです。

私はずっと
嫌な事をされた事実を忘れてしまうのは間抜けだと思っていました。
そんな風だから人から見下され軽く扱われるのだと。

でも、嫌な事なんてお互い様なのです。
(※人により、事情により、勿論そうではないこともあります。私のこのケースではそう思う事が出来ました。)

その人に直接返せていなくても、巡り巡って別の所から別の形で返っていたりします。
事が起こったその時に勇気を出して対処出来れば一番理想ですが、それを逃してしまい、もう取り戻せないなら
いつまでもその無念さを心に残しておくのはマイナスなだけかもしれません。

自分から誰かに無意識で発した嫌なものも
別な所から返されているのかもしれません。
それが今ある悩みの元になっていたりするのかもしれません。

過去の不快な出来事を忘れたって、それがイコール頭が悪い事にはなりません。

むしろ、嫌な事を覚えていて反芻すると
自分の心にも身体にもよくありません。
そんな事を目的も無く続けている方が考え無しとも言えます。

自然に忘れるなら、
安心して忘れてしまえばいいのです。

新しく嫌なことがあった時は
その時々で精一杯対処すればいい
トラブルに巻き込まれた時は、面倒くさがらずに自分のギリギリ限界を広げるつもりで全身全霊で当たるのです。
その場合は、言いにくいことからも逃げずに真っ直ぐ立ち向かわなければなりません。
それをしないから恨みが蓄積するのです。
そういう要所要所を確実に押さえることが大事なのです。

後は自然に任せるのです。

失敗を次に活かすことは大事です。
でも、憎しみを持ち続けることまでは必要無いのではないでしょうか。

長年恨みが忘れられなかった私の言葉だからこそ、これが必要な人に必要な時に響けばいいと思っています。

依存心、激減

この長い闘病生活で、アトピーのことだけでなく
精神面でも大きく変化しました。

依存心が減りました。

困難な事があっても

基本、自力でなんとかする

という考えに変わりました。
変わらざるをえなかった…という方がより合っていそうです。

元々、何か困っていると周りにいる人が助けてくれる環境で育ち
力がある人や出来る人に可愛げのある態度で気に入られ、頼るのが正解だと信じ込んでいました。
世の中とはそういうものだと心底思い込んでいたのです。
根っからの甘えた人間でした。

でも、この病気になって、そういう甘さが見事打ち砕かれました。

世の中のシビアさ、冷酷さ、残酷さを目の当たりにすることになりました。

変化の時は病気とダブルパンチなので、それはそれは辛かったですが、今はそれで良かったと思っています。

それが無かったら、人として停滞したままだっただろうと思います。

「寛解」という判断

先日の記事で「寛解」を報告しました。

この「寛解」とはなんでしょう?

寛解は完治ではありません。
生活に支障が無い程度に、比較的安定したいい状態を保てることです。

私は完治は無いと思っています。
冷静に考えて、あれだけ重症だったのです。(まさに奇跡の生還)
アトピー体質であるということは多分一生変わらないでしょう。
体調が崩れるとまた酷い症状も表れるだろう思います。
残念ですが、仕方ありません。

ですが、症状には大きな差があり、
良くなってきたらそこを一つの区切りと考えたいものです。
そこで寛解を目指してきました。

では、どこを寛解と考えるか

これは人により違うと思いますが
私はこうです。

2つあります。

1つ目は、
最後の大脱皮が完了したら です。

一つ前の記事に
「ここはまだ大波が来るだろうな」と思う箇所がある、というお話をしました。
そういう、良くならずに停滞している場所が無くなったらです。

そして2つ目は、

「ほとんどの人が違和感のある対応をしなくなったら」です。

私は、自分で言うのもなんですが、人の顔色にとても敏感です。
相手の方が気を使ってくれていても、ほんのちょっとのサインで
「あ、今、肌のこと、何か思ったな」
と気付きます。
そしてその後、一週間ぐらいガックリ落ち込みます。

なので「そのストレスが無くなったら」
という線をゴールと決めました。

私が一番辛かったのもその部分でしたから。

なので、ガサガサ感が全く無くなった訳でもないし、キメが粗くなってシワのようになっている所もまだ残っています。

でも、一見「普通の人」(この定義も人によりますが)に見られるレベルなら私は御の字なんです。

ここ一年を振り返ってみて、それまでの年月と随分変わりました。

人からの
「あれ?この人、この肌どうしたんだろう?」
という反応は激減しました。

気持ち悪そうに見られることも無くなりました。

視線に違和感が感じられなくなり
人からの対応も優しく感じられるようになりました。
人から向けられる笑顔の中に無理が消えました。

これにより、かなり心理的なストレスが無くなりました。

人に顔を見られる事に重圧を感じなくなったのです。

人と会う事が苦ではなくなりました。

これは私が一番求めていたものでした。

本当に症状が重い時は別でしたが、ここ数年の私の悩みは
痒みや痛み、皮剥け、不快感によるイライラ
それら全てより、人からの反応
これが一番大きいものでした。

なので、一年通して、この点において理想的な状態をキープ出来たので「寛解」と銘打つことに決めたのです。

そして振り返ると16年間という長い年月が過ぎていました。

我ながら、大変な修行をしたものです。

でも、気分爽快です。

自分の選んだ道が、“自分にとっては”(ここ重要です。個人差が大きいので)間違いでなかったと
ようやく堂々と言えるようになれました。

Appendix

プロフィール

瑠璃色

Author:瑠璃色
『あとひといきの会』の管理人
瑠璃色です。
重症寝たきりアトピーでした。
脱ステ脱プロ脱保湿経験者です。

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